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東京高等裁判所 平成4年(う)1331号 判決

本籍及び住居

埼玉県秩父郡長瀞町大字長瀞二二番地の二

不動産業

落合忠三郎

昭和一二年六月二三日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、平成四年一〇月二八日浦和地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官福井大海出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人斎藤正義名義の控訴趣意書記載のとおり(量刑不当の主張)であり、これに対する答弁は、検察官堂ノ本眞名義の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

論旨は、要するに、被告人を懲役一年二月(四年間執行猶予)及び罰金三〇〇〇万円に処した原判決の量刑は重

論旨は、要するに、被告人を懲役一年二月(四年間執行猶予)及び罰金三〇〇〇万円に処した原判決の量刑は重過ぎて不当であり、特に懲役刑の執行猶予期間の短縮及び罰金額の減額をなすべきである、というのである。

そこで、原審記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討するに、本件は、埼玉県秩父郡長瀞町において不動産業を営んでいた被告人が、自己の所得税を免れようと企て、売上金額及び期末商品たな卸高の一部を除外するなどの不正な方法により所得を秘匿した上、平成元年分の実際総所得金額が三三九七万三七五〇円、分離課税の土地等に係る事業所得金額が二億五五六五万九八一八円であったのに、所轄税務署長に対し、その総所得金額がなく、分離課税の土地等に係る事業所得金額が一億一八一一万〇六一一円でこれに対する所得税額が六四四二万九八〇〇円である旨の虚偽過少の所得税確定申告書を提出して法定の納期限を徒過させ、もって、正規の所得税額一億六五七八万二〇〇〇円と右申告税額との差額一億〇一三五万二二〇〇円を免れたという事案である。右のとおり、逋脱額がかなりの高額に上り、逋脱率も約六一パーセントに及んでいるほか、被告人が本件犯行に及んだのは、平成元年度の売上が格段に増加して多額の利益が生じたためにこれを納税に回すのが惜しくなり、儲かっているうちに脱税して自己の借金をできるだけ返済しておこうと考えたことや、売上の相当部分を不動産の簿外仕入に充てていたため正規の税額を支払う資金が不足したことなどからであって、所論にもかかわらず、その動機に格別酌量すべき点を見出し難い。

以上に重加算税(四三二四万九五〇〇円)の全額及び延滞税等が未だに納付されておらず、滞納処分につき換価の猶予の見通しがあるとはいえ、その納付の見込みについてはなお楽観できない状況にあることを併せ考慮すると、犯情は芳しくなく、被告人の刑責を軽視することはできないものといわなければならない。

してみると、本件が単年度限りの脱税であり、所得秘匿の手段、態様も比較的単純であること、被告人は、業務上過失傷害罪による古い罰金前科一回を有するのみで同種の前科はなく、本件に対する査察開始当初から素直に事実を認めて反省の態度を示し、従来個人経営だった不動産業を平成三年に法人組織化してそれまで杜撰であった経理面について明確化を図るなど、再び同様の過ちを犯さないことを決意しているものと認められ、また、平成元年分の所得税本税については、修正申告の上、埼玉信用組合から借入金一億一〇〇〇万円等により平成四年一〇月一三日までに追加納付を完了しており、今後、未納の重加算税等を鋭意努力して納付していきたい旨を供述していることなどの被告人に有利な諸事情を十分斟酌しても、被告人を懲役一年二月及び罰金三〇〇〇万円に処した上、四年間右懲役刑の執行猶予することとした原判決の量刑は、その執行猶予期間の点を含めてやむを得ないところであると考えられる。

これに対し、所論は、罰金三〇〇〇万円の刑が確定すると、重加算税の負担もあり、前記埼玉信用組合からの借入金の返済が困難になって被告人所有の不動産が競売に付され、その結果、被告人や家族が路頭に迷うことになるから、これを減額すべきであると主張する。しかしながら、前記の逋脱額、逋脱率、犯行の動機、重加算税等の納付状況その他諸般の事情に徴すると、同種事犯における量刑の実情及び所論指摘の被告人の経済状況等を最大限勘案しても、三〇〇〇万円という罰金額(逋脱額の約二九・六パーセント相当)が多額に過ぎて不当であるとまではいえない。所論は採るを得ない。

以上のとおり、論旨は理由がない。

(なお、原判決別紙「修正損益計算書(合計)」の勘定科目欄記載の「長短期所有分」は、「超短期所有分」の誤記であると認められる。)。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 半谷恭一 裁判官 森眞樹 裁判官 林正彦)

平成四年(う)第一三三一号

所得税法違反 被告人 落合忠三郎

右の者に対する頭書被告事件の控訴趣意は、左記のとおりである。

平成五年一月二六日

弁護人弁護士 斉藤正義

東京高等裁判所第一刑事部 御中

○ 控訴趣意

一、一審判決の刑の量定は不当である。

二、すなわち

一審判決は、被告人を懲役一年二月及び罰金三千万円に処する。但し懲役刑は裁判確定の日より四年間刑の執行を猶予する。罰金を完納することができないときは、金三十万円を一日に換算したる期間、労役場に留置する旨判示している。

しかし、右量刑は、重きに失するものと思料する。

(一)被告人は公訴事実を認め、平成四年三月六日関東信越国税局の被告人の平成元年度の所得税法違反に対する調査が終了した頃、同年度の脱税額の内金として金五百万円を納付し、残金一億一千八百五十七万七千百円と重加算税金四千三百二十四万九千五百円につき、秩父税務署より督促を受け(弁一号証、弁二号証)、被告人は平成四年九月十四日金三百万円(弁五号証)、同年十月十三日金一億一千万円(弁七号証)、同日金三百万円(弁八号証)及び金二百五十七万七千百円(弁九号証)合計金一億一千八百五十七万七千百円の本税を完納している。

(二)被告人は、この間右脱税額、重加算税額を完納しようとして鋭意努力し、所有不動産(弁三号証乃至弁四号証の二)を売出したが、バブル崩壊のため意の如くならず、止むなく親戚、知人に懇願し、その所有にかゝる十三筆の不動産につき、埼玉信用組合のため根抵当権を設定(弁十号証、弁十一号証)し、妻落合千枝が連帯保証(弁十二号証)をなし、ようやく金一億一千万円を借り入れることができたものである。

(三)被告人が本件を犯すに至った主たる動機は、平成元年度に被告人が買受けた土地の売主から売買代金を過少申告するよう依頼され、これに迎合したゝめ、架空経費を計上するに至ったものであって、いわゆる「かくし土地」「かくし金」を作る意図をもってしたものでない。

(四)被告人に対する罰金三千万円の刑が確定すると、平成四年十月十三日被告人が埼玉信用組合から借り入れた金一億一千万円に対する年利金八百二十五万円(月利金六十八万七千五百円)を平成九年十月二十五日まで支払わなければならない(弁十二号証)うえ、重加算税金四千三百二十四万九千五百円も納付しなければならない。

埼玉信用組合に対する金一億一千万円の借入金の支払をしないと親戚、知人が好意をもって担保提供をした不動産は競売されるし、バブル崩壊によって売却できない被告人所有の不動産も競売され、被告人家族は路頭に迷う結果になる。

宅地建物取引業法第五条第一項第三号によると、刑の執行を受けることがなくなった日から五年を経過しないと宅地建物取引業の免許を受けることができず、被告人は九年間不動産取引業に従事できないことになる。

被告人は前科もないし、ギャンブル、遊興にふけったこともなく極めて清潔な生活態度をもって長年不動産取引業に従事してつちかってきた社会的信用は、一朝にして崩壊してしまわなければならない。

三、以上諸般の事情を斟酌し、速やかに一審判決を破棄し、減刑、特に懲役刑の執行猶予期間の短縮、罰金刑の減額をなし、被告人に更生の機会を与えていたゞくよう上申する。

以上

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